人の常識ほど曖昧なものはない。
時代とともにその常識と思われるものは変わり、
言葉だけが残っていく。
常識ある人ってどんな人。
価値観と言い換えたほうがわかりやすいかもしれない。
今の価値観と400年から500年前の戦国時代の価値観を比較せずとも、
僅か20~30年前と比べても価値観の変化は、
激しく違うし、
2~3年前とも大きく違う。

今でいえば、
公共の場でマスクをするのが常識で、
しないのが非常識と判断される。

が、
これは誰が決めたことだろうか
誰の価値観だろうか

国や政治家、
マスコミに出る専門家が言ってるから?

果たして本当にそうなのだろうか。
自らの頭で考えたことありますか。

国や専門家といわれる偉い人は今まで間違えたことはないのだろうか?

何故、
織田信長があの戦国の時代を終わらせることができたのだろうか

それは、その当時の常識といわれるものやタブーを打ち破って、
時代を切り開いたからでは。

すべて隷属的に自身に受け入れることが
常識ある人のすることであるとするならば、
たった一度の人生を真剣に全うしようとする意志は働いているのだろうか。

新約聖書―マタイ伝・七にこんな言葉がある。
「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない」

言葉の解釈は各人にお任せするとして、
わたしがこの言葉から感じたことは、
国やマスコミなどの情報を鵜吞みにして思考停止して歩んでいけば、
自らの頭で考えずとも国やマスコミが、
国やマスコミにとって都合の良いところに運んでくれる。
国やマスコミという他力で...。

たった一度の人生の歩みを放棄し、
誰かに自ら歩んでいくという素晴らしい価値を預けてしまったことになる。

一方で、
自らの頭を使い、
自らの足で歩んでいくことは、
大変な歩みとなるが、
そこにたった一度の人生を真剣に全うしようとする意志が働き、
自ら歩んでいくという素晴らしい価値を享受することになる。

多数の人の常識が、
いつの時代も正しいとは限らない。

人のという不完全な生き物の価値は不変ではなく、
いつも変化していく。

種をまけば必ず実がなるものではない。
時期がズレれば、
次の世代を残すことすら叶わなくなる。

天地自然の法則に沿っていないものは、
淘汰されてしまう。
それが自然の定め。

己の行動は、
天地自然の法則に沿っているもののだろうかと
自問自答する時間を設けるのがとても大切なことだ。

要約

 

- 常識は固定ではない
  -
常識は時代や環境で変わり、言葉だけが残りやすい
  - 20
30年前と比べても価値観は大きく変化し、23年前ですら変わる

 

- 常識は「誰の価値観か」を問うべき
  -
例として、公共の場でのマスク着用が常識化したが、それは誰が決め、誰の利益や都合と結びつくのかを自分の頭で確認する必要がある
  -
国、政治家、メディア、専門家の発言でも誤りは起こり得る

 

- 時代を動かすのは常識の突破である
  -
織田信長の例のように、当時のタブーや常識を破って道を開いた側面がある
  -
多数派への隷属を「常識ある態度」と誤認すると、人生の主体性を手放す危険がある

 

- 聖書の比喩が示す「多数派の道」と「自分で歩く道」
  -
広い道(多数派・他力)に流されると、思考停止のまま運ばれる
  -
狭い道(自力・主体)を選ぶのは大変だが、自分の人生を生きる価値を得る

 

- 自然法則に照らして自問する
  -
多数の常識が常に正しいとは限らない
  -
種を蒔いても時期がずれれば実らないように、天地自然の法則に沿わないものは淘汰される
  -
自分の行動が自然の理(道理)に沿っているか、定期的に自問自答することが重要

 

例え話

   常識を
鵜呑みにするのは、
他人が
作った
地図だけを
信じて歩くことに
似ています。

地図は
役に立ちますが、
現在地確認と
進路決定を
自分で
しなければ、
目的地が
他人の都合で
決まってしまいます。

 #マタイ福音書 #狭い門 #主体性

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