近年増加傾向にある「相続放棄」についてお話しします。
- 相続放棄の現状:年間21万件を超える背景
「相続・贈与センターマガジン」2020年11月号のデータによると、
2018年度の相続放棄の件数は21万5320件に達しています。
この数字は年々増加しており、
現場感覚としても非常に多いと感じます。
相続放棄が行われるケースは、
大きく分けて以下の2つのパターンがあります。
- 戦略的な相続放棄:
特定の相続人に財産を集中させるため、
他の相続人が自発的に放棄するケース。 - 債務超過による放棄:
プラスの財産よりも借金(負債)の方が多い、
あるいはそのリスクがあるために放棄するケース。
現状、圧倒的に多いのは
後者の「負債」に関連するパターンであると予想されますが、
今回はそれぞれの具体的事例をご紹介します。
- 事例紹介①:10億円近い資産があるケース(戦略的放棄)
一つ目は、不動産や金融資産を合わせて10億円近い財産があったご家庭の例です。
このケースでは、
まず105歳という長寿だったお父様が亡くなり(一次相続)、
その後3年以内にお母様も亡くなりました(二次相続)。
一次相続の際、
ご長男と二人の妹さんの3人兄弟は、
相続税負担を軽減するために
「配偶者の税額軽減(1億6,000万円、または法定相続分までは無税)」を活用し、
一旦お母様に多くの財産を相続させました。
その際、ご長男がリーダーシップを取り、
妹さんたちに「次(お母様が亡くなった時)は相続放棄をしてほしい」
という事前合意(念書)を取りました。
実際に法的な効果があるのは
お母様が亡くなった後の家庭裁判所への申し立てですが、
妹さんたちがその約束を守って相続放棄の手続きを円滑に進めたため、
ご長男への資産集中とスムーズな納税が実現しました。
このように、遺言書がない状況で、
相続人間で強力な信頼関係とイニシアチブがある場合に成り立つ、
非常にレアな「戦略的放棄」の事例です。
- 事例紹介②:借金と法的リスクがあるケース(債務超過・リスク回避)
二つ目は、近年の相続放棄の多くを占めると思われる、
非常に複雑な事情を抱えたケースです。
亡くなったのは、
長年疎遠だったご相談者のお父様です。
お父様は末期がんで余命3ヶ月という状況で
一人暮らしをしていました。
さらに問題を複雑にしていたのが、
お父様がかつて友人の頼みで「偽装結婚」をしており、
戸籍上に所在不明の外国人の配偶者が存在していたことです。
表面的な預金と借金(未払いの健康保険料や病院代など)を相殺すれば、
わずかなプラスになる可能性もありました。
しかし、以下のリスクを考慮し、
弁護士と協議の上で相続放棄を選択しました。
- 把握しきれない「闇金」などの隠れた借金がある可能性。
- 偽装結婚の相手による権利主張や、
それに伴う法的トラブルに巻き込まれるリスク。
相続放棄をすることで、
プラスの財産だけでなく、
未払いの年金、健康保険、介護保険、病院費用といった
すべての負債を承継せずに済みます。
これらは最終的に国庫に帰属したり、
行政が処理することになりますが、
相続人の生活を守る上では「相続放棄」が最も安全な判断となりました。
- 相続放棄を検討する際の重要な注意点
相続放棄には、
絶対に知っておくべき法的なルールがあります。
- 撤回や取り消しができない:
一度家庭裁判所に申し立てをして受理されると、
後から「やっぱり撤回したい」ということは原則できません。
非常に慎重な判断が求められます。 - 「相続する意思」を見せない:
相続放棄を検討している間に、
未払いの年金や病院代などを一部でも支払ってしまうと、
「法定単純承認」とみなされ、
放棄ができなくなる恐れがあります。 - 専門家への相談が不可欠:
債務があるかないかに関わらず、
独自の判断で進めるのは危険です。
必ず税理士や弁護士に相談した上で検討してください。
まとめ
相続放棄は、
負債を回避するための有効な手段ですが、
手続きには専門知識が必要です。
また、負債がある場合はもちろん、
資産がある場合でも「生前の財産整理」ができていれば、
後のトラブルを防ぐことができます。
自分や家族がどのような状況にあるのか、
まずは現状を把握し、
早めに専門家へ相談することをお勧めいたします。
要約
- 概況と二極化
- 相続放棄は2018年度で21万5320件。
増加要因は「戦略的な資産集中のための放棄」と「債務超過・法的リスク回避のための放棄」の二極化。
- 代表事例
- 戦略的放棄:一次相続で配偶者に集約→二次相続で子が放棄し、特定相続人に集中。
強固な合意と設計が前提のレアケース。
- 債務回避:隠れ負債や戸籍上の潜在的利害関係(偽装婚等)を考慮し、包括的に責任を断つため放棄を選択。
- 実務上の要点
- 相続放棄は「家庭裁判所への申述が受理されると撤回不可」。
熟慮期間は「相続開始を知った時から原則3か月」(延長申立て可)。
- 放棄検討中の「相続財産の処分」や「債務の支払」は単純承認リスク。
意思表示・資産の取扱いに厳重注意。
- 放棄の効果は「初めから相続人でなかった」ことに。
次順位相続人へ権利義務が移るため、親族連鎖への配慮と説明が必要。
- まとめ
- 放棄は有効な選択肢だが強力な法的効果を持つ。
資産・負債の棚卸→選択肢(放棄/限定承認/承認)比較
→期限管理
→書面化を“数字と証拠”で運用することが肝要。
例え話
非常停止ボタンは
「止める力」は強い一方、
押した後は
手順を踏まないと
再起動できません。
相続放棄も同じで、
強力な保護の代わりに
“押した後”の
正しい段取りと
影響範囲の管理が
不可欠です。
この動画から得られること
- 相続放棄が増える構造(戦略的放棄と債務回避)の全体像
- 法的基礎:熟慮期間3か月(延長可)、撤回不可、単純承認に当たる行為、放棄の遡及効と次順位移行
- 代替策との比較:限定承認(資産範囲内で弁済)と単純承認のメリデメ
- 実務フロー:資産負債の棚卸・証拠化、家庭裁判所申述書類、相続財産管理人の選任要否
- リスク管理:隠れ債務の探し方、支払停止の運用、親族連鎖の事前説明・同意形成
専門家の付加価値(実務ポイント・チェックリスト)
- 期限・効果
- 熟慮期間:開始知の日から3か月(延長申立書+理由書+資料で可)。
受理後は撤回不可。
- 効果:初めから相続人でなかった扱い→次順位へ。
遺留分放棄とは別概念(生前の公正証書による放棄は家庭裁判所許可が必要)。
- 単純承認の回避
- NG行為:相続財産の処分・隠匿・私用、債務の弁済。
通常葬儀費用や最低限の管理行為は可否に留意(証拠化)。
- 支払は“停止”が原則。
督促は記録し、放棄申述予定を通知。
- 選択肢の比較
- 限定承認:資産>負債が不明な時に有効(相続人全員の共同申述)。
物納・換価の段取り・公告が必要。
- 単純承認:負債僅少・資産明白時。
税務・登記を迅速に。
- 調査・証拠
- 通帳・カード・郵便物・請求書、保証人情報、登記・固定資産税通知。
金融機関照会、勤務先・保険・年金の確認。
- 係争・潜在債務(連帯保証、未払公租公課、医療・介護費)の洗い出し。
メモと写しを保管。
- 書類・費用
- 家庭裁判所:申述書、被相続人の戸籍・除籍、申述人戸籍、関係図、収入印紙(800円目安)、郵券。
- 相続財産管理人選任:利害関係人申立、予納金(地域・財産規模で概ね20〜60万円)。
- 親族連鎖の管理
- 次順位(兄弟姉妹等)に影響。
事前説明・同意形成、放棄リレーのスケジュール作成。
- 税務・周辺実務
- 準確定申告(死亡の翌日から4か月以内)要否の確認。
死亡保険金等の「固有の権利」は放棄の影響外(受取人固有)。
- 実務チェックリスト(着手順)
- 1)資産・負債の棚卸表(根拠資料添付)
- 2)単純承認に当たる行為の停止宣言(家族周知)
- 3)選択肢比較表(放棄/限定承認/承認)と意思決定
- 4)熟慮期間の管理(延長が必要なら直ちに申立)
- 5)申述書類の収集・提出、受理後の連絡線表(親族・債権者)
- 6)次順位対策・相続財産管理人要否の判定
視聴後アクション
- 今日やること:資産と負債の“見える化”。
通帳・請求書・登記事項・固定資産税通知を机に並べ、金額を一覧にしてください。
- 今週中:家庭裁判所の「相続の承認・放棄の申述書」様式をダウンロード。
必要書類(戸籍・関係図)をチェックし、熟慮期間の期日をカレンダーに記入します。
- 2週間以内:単純承認に当たる支払・処分を止める旨を家族で共有。
専門家(弁護士/税理士)へ“棚卸表”を送付し、放棄/限定承認/承認の方針を決めます。
- 1か月以内:必要に応じて熟慮期間延長を申立て、放棄を選ぶ場合は申述書を提出。
次順位への影響説明と連絡線表を作成します。
- 迷ったら:「今、何を支払ってはいけないか」「期限はいつか」の2点だけを紙に書き、
専門家に見せてください。
ここから前に進みます。
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